押野成人さんは、2016年に事業を承継して8年目になります。「他業種から見ても当たり前の待遇をつくる」を目標に、単価・生産性・待遇改善に取り組み、2023年現在、スタイリストの平均年収441万円、年間休日121日などを実現。
採用は新卒に力を入れ、2021年10名、2022年7名、2023年16名、2024年も11名内定と手堅く社員数を維持しています。

日本は少子高齢社会で、どこの業界でも人材確保が課題となっていますが、山形県は高齢化率全国5位、人口減少4位、県外転出1位と厳しい状況。加えて、美容室の人口当たりの軒数は全国3位と過剰です。
こうした状況の中で、スタッフの定着や新卒採用に成功しています。

スタッフの定着、求人は現場の営業と教育から

経営の課題は待遇・教育・求人・単価UPと複数あり、何から手をつけたらいいのか迷ってしまいますが、成功の秘訣は、課題を整理して順番に取り組むことだと、押野さんは考えています。まずは単価UP、そのために営業の強化と社員教育に力を入れることから始め、売上UPを実現したら、今いるスタッフの待遇を改善、その状況が求人にも響くという図式です。

 

POINT.1
営業と教育から仕掛ける

押野さんは、東日本大震災が起きた2011年から現在までの「単価・生産性・待遇改善の歴史」を年表にしています。2011年当時の技売単価(技術の販売単価)は3700円、スタイリスト1人当たりの月間技術売上は38万円でした。
これに対して2012年から2015年にかけて、単価を上げる施策を行っています。

ここで必要となるのが、スタッフの教育です。スタッフ教育をしながら、お客様にも納得のいくサービス・料金改定を進めて、カット以外のサービス提供率を動員比で70%から
112.6%、技売単価を5685円へと押し上げました。

押野さんはこの施策が行われている最中の2013年に帰郷。2016年に事業承継すると、初年度、スタイリストの基本給を17万円から18万円にUP、翌年には20万円に。年間休日も87日だったものを初年度92日、翌年には105日に整備しています。
初めにスタッフ教育による単価UPを行うことで売上を伸ばし、同時に待遇改善を行うことが可能になります。

POINT.2
スタッフの自由な時間を確保

押野さんには「社員はもっと報われていいはずだ!」という想いがあり、「他業種から見ても当たり前の待遇をつくる」を目標に掲げて経営を進めています。現実には大きな改革となるので、経営者が覚悟を決めること、経営者の強い想いを幹部陣に共有し、まず幹部陣が一丸となって体制を整えていくことが必要と、押野さんは言います。

▶目指すスタートラインとして掲げている待遇

■平均年収360万円超=時給1731円
2023年05月現在→スタイリスト平均年収441万円
■年間休日125日超(週休2日+有給消化100%)
2023年05月現在→121日(※うるう年)
■営業時間9時間以内
2023年05月現在→9時開店・18時閉店(9時間)

スタッフは仕事に対して極めて真面目であると同時に、自由な時間も満喫したいと思っています。現在では、全店18:00閉店、年間休日121日を実現。第1・第3日曜日と月曜日、第3火曜日を定休日として、全社員が2連休と3連休を月に1回ずつとれる体制です。

年間の公休日106日に加えて、入社1年目から有給休暇を15日支給しています。有給休暇5日消化プラン・10日消化プラン・15日消化プランのカレンダーを作成して公表。例えば、通信課程に通う高卒の新入社員はスクーリングに有給を当てたり、病欠と冠婚葬祭に備えて年5日を有給貯金したり、使い方を指導しながら休暇取得を促しています。

18:00閉店のアイデアはSPCグローバルの先輩から学んだとのこと。ふだんも早く仕事を上がることができて、休みも充実しているので、社員同士で飲み会を開いたり、カラオケ部などを作って店舗の枠を越えて一緒に遊んだりという動きも見られるそうです。

POINT.3
付加価値のある美容室づくりと合わせて

待遇改善を進めるためには、売上UPが必須です。
そのための施策が、スタッフ教育を含めた「付加価値のある美容室づくり」になります。



思い切った定休日を設定するために有効なのが次回予約で、10年以上前から導入しています。髪型がまとまりにくくなる期間でお客様ごとに4週・6週・8週などの周期を提案し、次回、次次回、3か月先の予約も入れていただいています。次回以降の予約にはサービスを付けて、日程の変更も可能としてあり、予約日が近づくと店から確認の連絡もしています。 

日曜日にも営業していること、お客様の働き方改革も進んでいるため週日でもスタイリストと予定を合わせて来店いただけるようになっています。
 スタッフから「次回はいつにしましょうか」と声をかけられ、髪型がまとまらなくなる前に美容室利用日を設定しておけるのは、お客様にとっても便利で快適。うっかり忘れていても、確認の連絡が入るので、安心してご利用いただけています。

求人プロジェクトはアカデミーの設置から

新卒採用の定着率を上げるのがアカデミーです。志乃屋では、入社式の翌日から4か月間をアカデミー期間として、独自のカリキュラムで技術などを習得させています。高校卒業で入社しても、美容専門学校を卒業して入社しても、安心して学べる体制が学生に響いています。

基本は研修所に詰めて学びながら、週1-2日は現場を経験。4店舗をローテーションで回り、現場での動きを覚えながら、先輩社員と関係を結び、立ち位置を築きます。店舗と新人のマッチングを図ることにもつながっています。

アカデミーの開設は、2016年から2017年にかけて構想。2019年、SPC栃木のメンバー弓弦亙さんのアカデミー(店舗の所在地は茨城県)を、現場担当の右腕・左腕の幹部と一緒に見学し、導入に踏み切りました。
弓弦さんのサロンは当時3店舗ほど。ホワイトな労働環境で定着率もよいという状況でした。見学した2019年は2人の新入社員がいて、本店を研修所に社長である弓弦さん自らが指導をしていました。アカデミー期間は1か月でした。

SPCグローバルメンバーのサロンには、週1回半日は店を閉めて新人教育に取り組み、求人を伸ばしているところもあります。

一方で、採用マッチング不足や予測できない突発離職は依然としてありました。新型コロナ感染症のまん延で地元就職を選んだ新入社員が離職(10名中3名)したり、3月ギリギリで応募して就職したものの、美容師になることに迷っていたスタッフが1か月で退社したり、大学を中退してまで入社した社員が失恋して退職したり、といった事例はあります。しかし、アカデミー導入以降、採用数と定着率は明らかに向上しています。

アカデミーは、アカデミー校長とアシスタント教育チームが運営。アカデミー校長はもともと美容専門学校の先生になりたかったという熱意のある中途採用の美容師に任せることができました。アカデミーで学ぶ期間は、同期入社の結束が強まり、生涯の友人にもなれる時間です。出身地も違えば、アカデミー後は勤務先のサロンが分かれても仲が良く、会社全体の一体感も生まれています。

高校生に学費補助で求人に成功

働きながら、最大全額の学費補助も受けて美容師になれるという制度で新卒採用をしています。2015年頃から地元志向の若者も増えていて、学費も不要、給料も稼げるというので、最近は意欲のある若者が集まる傾向です。

募集のポイント

【美容師免許取得】
高校卒業後に働きながら免許を取得して美容師になれる。
免許取得の『通信課程』に最大全額の『学費補助』
 ※2023年実績➡全額補助7名

【初任給】
仙台市内18.5万円/山形県内16.5万円/交通費/社会保険完備

【年間休日】
120日/週休2日+初年度から有給休暇15日

【一人暮らし応援家賃補助】
月額最大2万円(実家が店から40km以上離れている場合)

女性社員が8割という状況で会社としても実家暮らしを推奨。実家で暮らしながら経済的な基盤を築き、経済的に自立、安定した人生を送ってもらいたいと考えています。

東京の美容専門学校へ通えば学費が200万円、2年間の家賃や生活費もかかるのに対して、身近で暮らしぶりも見られるこの制度は、保護者や先生方にも好評です。
本人たちにも、社会人になりたてで仕事と家事の両立に苦労することなく、お金を稼いで遊ぶ時間も確保できるという認識が広まっていると感じています。

会社の負担は通信課程なので最大72万円、1年目はそのうちの35万円です。
さらに、入社半年の間にミスマッチ新人は辞め、残った新人はまず辞めません。通信課程は秋入学なので、この残った新人たちの授業料を負担するだけとなり、無駄もありません。
今春・来春ともに学費補助が必要な新入社員は7名。年間200〜250万円であれば負担可能な金額です。

これからの時代を勝ち抜く経営視点

先手必勝で待遇改善を推進

志乃屋全スタッフ122名のうち、パートタイマーは勤続40年になる事務担当者と、本人のたっての希望でブライダルに1名の計2名のみ。ママさんスタッフが女性社員の過半数を占めています。フルタイム勤務が99名、時短勤務が15名、産休育休が6名の体制です。平均給与も上げていて、フルタイムのスタイリストの平均年収は441万円、時給に換算すると約2100円を実現しています。トップスタイリストでは年収530万円まで上がっています。

山形県では今年、最低時給が47円上がりました(2023.10月)が、来年も最低時給は上がる見込みです。人を雇うハードルはさらに上がっていきます。しかし、例えば初任給30万円の待遇も5年後の目標であれば描きようがある、と押野さんは言います。待遇改善は先手必勝。周りが給与を上げているから上げるのでは苦しいだけですが、自主的に先頭をきって進むのはやりがいになります。

1日8時間(週40時間)労働で、有給休暇を含めて年間休日125日。かつ、これを言い訳にしない待遇を経営者として描いています。今いる社員を大切にしていることで、新しい社員も安心します。

先経営効率で勝負する

月額50万円を売り上げるスタッフへの還元率が40%だとすると給与は20万円になります。一方、役員報酬を年間1000万円を得たいとして、社員が100名いれば一人当たり年10万円でよいわけです。社員への還元率を60%に上げることも可能になります。

小さなサロンで役員報酬を含めず60%還元は難しいのが当然です。給料を上げていくことは、農業に例えれば豊かな土づくりに相当すると、押野さん。
経営者が「スタイリストの給与を20万円から25万円に上げていきたい」という意思を伝えることからすべてがスタートします。

志乃屋の経営においては、ここからの変化が重要だと思っていると、話していただきました。

参考資料


▶Profile
押野 成人(オシノ シゲト)
株式会社志乃屋 代表取締役社長。1984年、山形県生まれ。
工学研究科(修士)を修了後、半導体メモリの研究開発に従事、2013年に家業を継ぐために帰郷。父・押野茂彦(1948年生まれ・2019年没)と母が1972年に創業した会社を2016年に事業承継。両親を含めて家族は全員が非・美容師。
これまでの美容業界にとらわれることなく、「他業種から見ても当たり前の待遇づくり」、そして「社員が真っ当な人生を歩める会社づくり・地域づくり」を目標に躍進している。
▶企業データ(2023.10現在)
「ヘアサロン」「ブライダル」「エステティック+脱毛」を山形県と仙台市に展開。
店舗数:美容室14店舗+ブライダル1店舗
社員数:122名(役員を除く)平均年齢32.6歳/正社員120名(フルタイム99名/時短15名/産休育休病休6名)+パートタイマー2名 男女比=男性32名:女性90名
事業規模:年間売上7億円

関連インタビュー(2022年02月)

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